先日 底材屋さんで
月型やらウェルトやら
本底やらを買った
様々なかたちに切り出された革たち
なめされて皮から革へとかわり
今や原型もとどめないけれど
もとは牛や豚のかたちをしていたわけで
それを想うと
たいそう罪深く贅沢なものを扱っているのだと
あらためて感じたりする
それなのに ともすると
単なる材料、素材としてなんとなく扱ってしまっていたりもする
とても傲慢なはなしだ
革に対して謙虚に
一片たりとて無駄にすることなく
その革の性質、その皮の生前の歴史を見極め
よりベターな方法でもって活かす
こうやって学んだことを悟ったように書いていると
自分の未熟な技術の
“犠牲”となった革たちに罵られそうでおそろしい
気を引き締めて彼らと対峙していかなければ
そうおもう今日この頃です
それにしても
平面の革がこれほど起伏に富んだ足を包むくつになるなんんて
牛を包むくらいだから当然といえば当然だが
よくよく考えるとすごいことだ
革が化けるとかいて
“靴”などと
よく言ったものである